ひょっとしたら、ひょっとする

にわかおたくの戯言です

好きピとの共通点、目の下のくま。以上!

 継サこと河井継之助が好きだ。

 江戸時代末期を生きた越後長岡藩士で、最終的に藩の家老にまで上り詰めた人物である。

 どれくらい好きかっていえば、「もし継サと同時代、同じ場所にいたら私が差し出せる全てを継サに捧げることができる」と言うことができるくらい好きだ。

 

 継サを知り好きになったきっかけは司馬遼太郎の「峠」(新潮文庫)だ。

 河井継之助という人物を知らないまま読み始めたが、「こんなにかっこいい人がいたのか!」と衝撃を受けた。それから十数年、時に別のジャンルや人々に目移りすることもあったが、事あるごとに「継サ継サ」と言い続けている。

 ちなみに「継サ」というのは「峠」作中で継サの友人が彼のことを「継サ」と呼ぶところからきている。「お前は河井の友達でない」という至極真っ当なつっこみは受け付けていないよ!

 

 先日二度寝から目を覚まし、Xを開くとタイムラインに河井継之助記念館のポストが流れてきた。

 

 

 長岡市にある河井継之助記念館には、コロナ禍前の2019年に初めて訪れることができた。

 入り口を入ってすぐに設置されているガトリング砲(複製)のハンドルを回したことは自慢の一つだ。当時撮ってもらった写真を見ると満面の笑みでハンドルを回す私は乙女の顔をしていた。自分でいうのもなんだが、「幸せそう〜」って表情である。

 

 河井継之助記念館のアカウントは毎日更新がされているわけではなく、不定期にポストが投稿されている。

 そして、こういってはなんだが、リポストやいいねの数が少ない…。というかそもそものフォロワー数が少ない…。どうして!?継サのことをたくさん紹介してくれる素晴らしい施設のアカウントですよ!?と毎回投稿されるポストにいいねをつけるたびにやきもきしていた。何様って感じなのは私自身一番思っている。本当に私は何様ですか?

 

 話を戻すと、投稿されたポストをいいねするだけでなくリポストして、その後思ったままのことを呟いてみたのだ。

 

 

 言い訳ではないが、継サをよちよちばぶばぶしているわけではない。私の中の継サは40代前半のおじさんである。

 

 翌日、Xを開くとまた記念館のアカウントがタイムラインに現れた。

 

 連日投稿されている!とリポストといいねを押して、再び呟く。

 

 

 事件はこの後起きた。河井継之助記念館アカウントが私のこの2つの怪文ポストにいいねを!押してくださったのだ!!

 通知に気づいたのは換気扇の下で煙草を吸っていたタイミングだったのだが、思わずiQOSを落としかけた。電子タバコでよかった。紙タバコなら火傷も避けられなかっただろう。

 

 えっ、えぇ〜!?河井継之助記念館が!?それってつまり認知されたってコト!?

 アイドルにファンサをもらうってきっとこういう気持ちなのかしらと思った。コンサート行った経験がないから分からないけれど。(好きなアイドルはいるが出不精すぎてコンサート参戦経験がないのだ)

 

 記念館側としても深い意味がないのは分かっている。リポストされたから見てやるかって感じでしょう。変なもの見せてごめんね…。

 でも記念館からのアクションなんて初めてのことで、とっても嬉しかったのだ。

 きっと「河井継之助記念館」だからというのも大きいと思う。だって大好きな継サと間接的に繋がれたということでしょう…?えっ違う?記念館が継サと私めを繋いでくださったというわけではない…?

 ちなみに嬉しいが先行し過ぎて、「いいねされた!認知!認知!」と彼氏であるM氏に伝えると「そんなことでこいつは騒いでいるのか」という態度を取られた。解せねぇ〜!

 

 記念館はおろか長岡には2019年に初めて行って以来2回目伺うことが出来ないでいる。私の行動力の無さが原因である。継サは行動力がある男(※)なのに、その男を好き好き言っているオタクは行動力がまるでない。

(※二度の江戸遊学や、山田方谷先生に弟子入りするため岡山まで行ったりその足で長崎とか訪れていたはず。継サ以外にも昔の人はよく歩いたと誰かが言っていたが出不精からすればすごいの一言に尽きる)

 

 記念館はもちろん、前回訪れたことが出来なかった蒼紫神社や郷土歴史館も行きたいのでみっちみちなスケジュールになりそうだが、継サの概念を感じるためにも長岡観光の計画を立てようと思った。待っててね、継サ!!

チラシの裏に書きなさいよ。

 大好きな歴史小説がある。浅田次郎の「一刀斎夢録」(文春文庫)だ。

 学生時代にはじめて読んで以来、不定期ではあるが読み返して、そのたび泣かされる作品だ。私の中の「泣きたい時はこれを読め」作品であり、「秋の暮れに読むのにぴったり」作品である。

 

 以下ざっくりした内容ではあるが「一刀斎夢録」のあらすじ。

 明治天皇薨去し、ずっと続くと思っていた明治の世が終わりを告げようとしているタイミングで、心に漠然とした不安を感じる近衛将校・梶原中尉。

 ひょんなことから新選組の生き残りである斎藤一に出会い、夜な夜な斎藤の家を訪れるようになる。幕末の動乱、新選組に待ち受ける非情な運命、そして剣の奥義が新選組最強の剣士斎藤一から語られる。「浅田新選組三部作」の最後を飾る作品だ。

 

 いつか映像化しないかなと思い続けている。「三部作」と呼ばれる「壬生義士伝」や「輪違屋糸里」は映画やドラマ化がされているからだ。じゃあ「一刀斎」も!どうか!っていう一読者の願望である。

 

 さて本題。

 数年前に何度目かの再読をしていた時である。天啓(と言っているだけ)を受けたのだ。

 映像化するなら久米部、向井康二さんにぴったりなのではないか?ということである。

 

 久米部というのは、新選組で伍長を務めた久米部正親のことだ。大阪出身の隊士で、いつもヘラヘラしている。(作中で斎藤さんが久米部のことをそう紹介している)明るい陽気な兄ちゃんというイメージが強い。

 

 久米部を演じることで見ることができる向井康二さんを書き出してみた。

 

・関西弁の新選組隊士(THE新選組な羽織姿見たいです)

・小性たちの良い兄貴分

・ヘラヘラがデフォだけどブチ切れる時は静かにブチ切れる姿

 (普段がヘラヘラというキャラではないが、「マウンテンドクター」のしんちゃんに近い怒り方かもしれない)

・負傷して大八車に乗せられるボロボロな姿

・経緯は伏せるが、軍服かつ標準語な姿も見れるよ!

 

 み、見たい…!!

 久米部を調べると1841(天保12)年生まれだという。

 戊辰戦争の頃は20代後半、軍服姿では登場する頃には30代半ば…!向井さんは現在(2025年)31歳で、演じるなら今がどんぴしゃなのだ。

 (別作品になるが大好きな小説が映像化されるにあたって、登場人物の年齢と演じる役者の年齢があまりに離れていて絶望したトラウマがある。登場人物と役者の年齢は大体でいいから合っていてほしい)

 

 2025年、映画やドラマでクールな向井さんをたくさん拝見した。

 「Dating Game 〜口説いてもいいですか、ボス!?〜」ではツンツンクールビューティーな社長役。時折見せるデレのギャップがすごかった。

 「(LOVE SONG)」ではクールなバンドマン。でも大好きな相手を見つめる目線は優しくて、ギャップがあって(略)

 「フェイクマミー」では社長を支える有能な副社長。でもたまに出る元ヤンっぽい言動や酔っ払って足元がおぼつかなくなる様子もギャップが(略)

(「特捜9」の三ツ矢くんはかわいい枠なので割愛)

 

 ありがたいくらいに標準語、タイ語の向井さんをいっぱい浴びたので、関西弁のキャラを演じる向井さんも見てみたいな…!という気持ちが強まり、「久米部演じませんか」が再熱しているのだ。

 久米部は主役ではないし物語の鍵を握るキャラクターではないけれど、良いタイミングで登場するんだよ、久米部。すんごいかっこいいんだよ、久米部って男は!

 贔屓目だという自覚はあるが、久米部を演じる向井さん、めちゃくちゃ合うと思うんだ。

 

 現時点で「一刀斎夢録」が映像化されるという情報はまだない。何故だ。

 斎藤一(老いたver./若かりし頃)や近藤土方沖田といった新選組ならではの人物を演じるなら誰がいいかとかは一切思いつかないが、いつか願望が叶ったら嬉しいな…という妄想を吐き散らしておく。

(もし「一刀斎夢録」が映像化されて、その時に理想のキャストでなかったとしてもそこに対してとやかくは言わないぞという気持ちも添えて)

配布された特典は手帳に仕舞いました。

映画「機動戦士GundamGQuuuuuuX」を見に映画館に行った。

これまでの人生であまりガンダムに触れてこなかった私が、だ。

 

新しいガンダムシリーズが始まるというのは、Xに流れてきていたから知っていたし、別の映画を見に行った際に本編上映前に流れるCMでも予告が流れていたので、「ふーん1月からやるんだ」ぐらいの認識でいた。ただまぁ私は見に行かないかなと思っていた。そこまで興味がわかなかったからだ。

 

今回のジークアクス鑑賞はM氏の誘いを受けてのことだった。

M氏はガンダムが好きだ。ほとんどのシリーズは見ているだろうし、私のアマプラの視聴履歴は一時期M氏が再生したガンダムシリ―ズでほぼほぼ埋められていた。

公開初日にXのトレンドで「ジークアクス、すごいから見たほうがいい」というニュアンスの呟きを見たので、「M氏、見に行きなよ」とは私から言っていた。「前情報なしで見に行くのがいいらしいよ」とも伝えた。

「えぇーどうしようかな。行こうかな」ということでM氏は鑑賞を決め、そして何故か私も同行することになった。

昨年上映された「ガンダムSEED FREEDOM」はアニメ本編があっての劇場版だったためM氏は一人で鑑賞してきた(※)が、ジークアクスならガンダムミリしらの私でも大丈夫だろうと判断してのことだった。

(※鑑賞「してきた」というより、私が鑑賞「させた」が正しい。M氏はSEED FREEDOMの時も「一緒に行こう」と誘ってくれたのだが、SEEDはキラ・ヤマトアスラン・ザラというキャラクターがいる、ぐらいしか把握していない人間がアニメをすっ飛ばして劇場版の内容を理解できるとは思えなかったからだ。)

 

さてここで、私のガンダムの知識をお伝えしよう。

まともに見たのは「水星の魔女」のみ。それも未完走である。2クール目の途中からいよいよ話を理解できなくなり、見るのを断念しそのままである。ちなみに好きなキャラクターはグエル先輩。

他シリーズに関してだと、初代ガンダムアムロとシャアが出てくる、SEEDは見たことないけれど主題歌のINVOKEはたまにカラオケで歌う、00のキャラクターデザインは高河ゆんさんが務められたことは知っている…以上である。あとハロがかわいい。

あっ、水星の魔女の放送時に何かに触発されて一時期ガンプラに手を出したことならあります!何体か作ったよ!

 

そんな人間がジークアクスを鑑賞した結果、頭がパンクしかかった。

 

※以下はネタバレといってもいいのか怪しいが、ネタバレ有としておく。

 

 

 

頭がパンクしかかった、というかパンクした。

というのも、冒頭から分からない単語が飛び交いすぎている。そもそもの単語の意味が分からないので、キャラクターたちが口にする単語が、人なのか地名なのかそれ以外のことを指しているのかが分からない。字幕があったとしても理解不能だったと思う。ジオン軍連邦軍?なんのことですか?

途中からなんとなくこういうことかな?と自分の中で整理しつつ(でもこの整理した内容も間違っていると上映後M氏に言われた)、映像が綺麗だなぁとか、大きいスクリーンで見ると迫力があるなぁとか思いながら楽しめた。

…いや、正直楽しんでいると思い込んでいた節がある。せっかく連れてきてもらったのだから楽しまなきゃ駄目だって思ってた。ガンダムが好きな人たちに「知らなさすぎる私が見てごめんない…」と、申し訳なさすら感じていた。

 

ところがどっこい!すごいビジュが好みのおじさんが出てきたんですよ!!

ビジュが好みのおじさんは、名前をシャリア・ブル氏というらしい。カタカナが苦手なので上映中「シャリア・ブル」という名前を覚えられなかったのだが、作中で中佐と呼ばれていたので、私の中では中佐です。

私はどこか愁いを帯びた中年キャラがすごくすごーく心に刺さりやすいのだが、もう途中からは中佐の表情や台詞に注目しながら見てた。(作中における中佐の年齢は言及されていないので、もしかしたらおじさんじゃないかもしれないんですけど。)

愁いの中に色気を感じるぞ…中佐…!あなたずっと赤い彗星に心が囚われてるのね…中佐…!!なんだかそれってえっち…!

 

中佐キャッキャッで乗り切り(乗り切り、というと私が嫌々ガンダムを見ていたようなニュアンスになってしまい申し訳ないのだが)、エンドロールが流れ終わり、館内が明るくなると、M氏が恐る恐る私を見ていた。

「寝てた?」とM氏。M氏自身はとても面白く見れたそうなのだが、いかんせん隣に座るガンダムミリしら女の動向が気になって仕方なかったらしい。もしかしたら話が分からなさ過ぎて諦めて寝ていると思われていた。失礼な!

「寝てないよ」と伝え「ただ理解はできなかった」と正直に口にすると、「やんなぁ」と頷かれた。「あれは(ガンダムを知らない)八木さんには難しいわ」とのこと。

上記で述べたように、出てくる単語ひとつひとつが理解できなかったこと、でも途中から分からないなりに楽しめたこと、あと中佐がいい!ということを伝える。

「シャリア・ブルな。でも死ぬで」

「エッ!!??」

M氏は残酷である。正史(と初代ガンダムのことをM氏は言う)では~と頼んでもいないのにネタバレをしてきたのだ。

「あとシャリア・ブルは見た目もあんなんじゃない」と続けるので、すぐさまスマホで検索をかける。…アレッ!?渋いおじいさんが出てきた!!このおじいさんはおじいさんで、作中の活躍は分からないけれど、見た目は嫌いじゃないけども!愁いを帯びたおじさんではないな…!

 

なんとか私に理解をさせるために、M氏は「ジオン軍河井継之助でな」と言い始めた。私の好きな継サこと河井継之助に当てはめて説明を試みようとしたらしい。

「継之助がジオン軍なら、連邦軍は山県君ってこと?」

継サといえば、北越戦争北越戦争といえば継サと継サと敵の立場に立った山県有朋で考えがちなのだ。

「うーん、多分そう」とM氏。例えを出したのはいいものの、見切り発車で言ってしまったがゆえに、M氏自身も着地点が分かっていない。結局このガンダムの勢力図を幕末史に置き換えての説明はうやむやなままに終わった。

 

なんだかよく分からない感想になってしまった。

М氏曰く、初代ガンダムを数話みたら私がジークアクスで理解できなかった単語に関しては理解が出来るらしい。

…見るか、ガンダム…!

目標は月に三冊で候

    今年に入って図書館通いを再開している。重度のスマホ依存から脱却するためだ。

 恐ろしいことに、私は隙あらばスマホに触れている。片手で操作できるこの端末で見るのはもっぱらYouTubeとX(と書いてはいるが本当はTwitterと書きたい)。
 そんな数分の間に目新しい情報が更新されるわけでもないのに、ついつい触り続けてはいつの間にか夜、みたいなのが日常茶飯事なのである。
 スマホ依存の目安とされるのが一日あたりにスマホに触れる時間が5時間以上らしい。えっ、そんな、余裕で超えてる…。
 これはいかんと、スマホに代わる娯楽を本に託した。
 
 通っているのは市立図書館の分館だ。図書室というのが正しいかもしれない。こじんまりとしているけれど、施設自体がこの数年で建てられたこともあって明るくて綺麗な場所である。
 家の中で読むと途中で煙草休憩に入ったり、ごろごろしてそのまま寝るのが分かっているから、本当な図書館内の読書スペース(机と椅子が何組か用意されているのだ)で読めばいいとは分かっている。
 だがいかんせん家が好きというのと、そもそも出不精で徒歩10分の距離も出るのがめんどくさいと感じるためについつい家の中で読もうとしてしまう。そうなると結果はお察しの通り、煙草休憩と称して左手にアイコス、右手にスマホで換気扇の下に立っています。依存からの脱却は程遠い。
 
 そんな状態だが、面白くて一気読みした小説がある。司馬遼太郎の『故郷忘れじがたく候』(文春文庫)という短編集の中に収録されている『斬殺』という小説だ。物騒なタイトルである。
 戊辰戦争時、仙台藩にやってきた長州藩士・世良修蔵と、彼に対応する仙台藩の人々を描いている。煙草休憩も取らず一気読みした。
 ちょうど今の私の一番の関心ごと(というか現実逃避のための救いの場)が、幕末から明治にかけての歴史であって、特に仙台藩が中心となって組まれた奥羽越列藩同盟についてなのだ。ほら、河井継之助も関わっているし…。『斬殺』はこの奥羽越列藩同盟の前身である奥羽列藩同盟が結成される前後を描いていて、今の私にすんごく刺さる内容だったのだ。
 司馬遼太郎が世良を主人公にした小説を書いているとは知らなかった。知らない状態で、図書館の司馬遼太郎の作品が並んでいる棚を眺めている時にたまたま手に取ったのだ。
 表紙のあらすじを引用すると「他、明治初年に少数で奥州に遠征した官軍の悲惨な結末を描く「斬殺」(略)を収録」と収録内容が書かれている。なんと!しばりょは世良修蔵についても書いていたのか!と嬉しくなって、そのまま借りた。本当は同じ司馬遼太郎の『世に棲む日々』を借りる予定だったのにね。若き日の山県くん(山県有朋)を浴びるつもりだったのにね。
 
 さて、『斬殺』を読み始めたら止まらなかった。
 現在停滞しているが、こちらも図書館で借りた星亮一さんの『奥羽越列藩同盟 東日本政府樹立の夢』(中公新書)で「つまりどういうこと…?」と頭を抱えていた内容がするする入ってくる。新書と小説だから読みやすさはそりゃあ小説にあるとは思うのだが、面白いくらいに理解が出来る。「これ進研ゼミで習った内容だ!」と脳内フィーバー状態だ。私自身は打たないがパチンコで例えると連続で大当たり演出が流れている感じ。
 冒頭、大久保利通大村益次郎なんかも登場すると、それぞれの登場は1シーンにも関わらずテンションが上がった。特にしばりょが描く大久保利通が大好きなのだ。こんなところにも大久保サァ!である。
 世良修蔵については、星さんの『奥羽越列藩同盟』を読む限り、仙台藩の人々の気持ちを逆撫でするようなことばかりをするイメージがあった。イメージが変わるかしらと読んだが『斬殺』での世良も高圧的で、相手が大藩のお殿様であろうが上役であろうが上から恫喝するような態度で…あんな最期を作るきっかけを自ら作り続けていたなぁと、良い印象は抱けないままだった。ただ物語の終盤、世良の最期に関しては少しはその扱いを憐れんだよ。
 主人公にまったく感情移入はできなかった、むしろ仙台藩負けないでー!という気持ちで読み進めたが、面白いから読むのが止まらない感覚、我がバイブル『峠』を初めて読んだ時と似ている。『峠』は文庫本3冊分を一気に読んだわけではないけれど、それでも私の中では爆速で読み終えた作品だ。継サがかっこいいんすよ、えぇ。
 
 読書っていいな、司馬遼太郎ってやっぱりすごいな、面白いなと感じることが出来たいい機会だった。いや、しばりょはすごいのはもちろん知ってるけど再認識したのだ。ありがとう、図書館。図書館で借りれるからこそ、万が一失敗してもしゃーないかで済ませることが出来ると手に取ったのが良かったのかもしれない。
 満足感に浸りまくっているのでこのまま積んでいる本をどんどん消化して、スマホ依存からも脱却したいで候。

半年ぶりに本を読んだ話

 

drdrygc1930.hatenablog.com

 

 この続きになる。

 

いざ行かん、日本シリーズ

 

 いよいよ今週末からプロ野球日本シリーズが始まる。

 セ・リーグ阪神タイガース、そしてパ・リーグオリックス・バファローズと、ともにリーグ一位でシーズンを終えたチームが日本一をかけて戦うこのシリーズは、「関西ダービー」だとか、「阪神なんば線シリーズ」だとか様々な呼び名で称されて、始まる前から盛り上がりを見せている、と思う。

 ただこの関西ダービーによって、八木家は家族仲が崩壊する可能性があるのだ。

 なんでって?一家族の中に阪神ファンオリックスファンが存在するからだよ!

 

 八木家のプロ野球事情は、一員である私がいうのもなんだが複雑だと思う。ということで、愉快なメンバーを紹介していこう。

 

 まず父と長弟。彼らは根っからの阪神ファン。基本的に我が家の夕食のお供は、サンテレビ阪神戦の中継だ。

 

 父は普段穏やかな人だと認識しているが、阪神が絡むと途端にめんどくさい人間になる。幼い頃一緒に阪神戦を見ていて、多分その時阪神が失点か何かしたんだろう、父がリモコンを投げつけたことは今でも覚えている。あと今年一緒にテレビ中継を見た時にも失点時には絶叫していた。

 

 そんな父の阪神愛を最も濃く受け継いだのが長弟で、彼は彼で他球団なんか知らん、阪神が一番や!と日々テレビの前で熱くチームを応援している。父のように絶叫はしないが、いかんせん発言が過激だ。私もよく応援しているオリックスが失点したりエラーしたりすると途端に愚痴をこぼしては「過激だよ」と指摘されるのだが、長弟に比べれば可愛いものだ。

 

 次弟は阪神戦ばかりが流れる八木家において、突然中日ドラゴンズのファンになった。まじで突然変異。2006年の日本シリーズから、落合監督率いる中日に惚れこんだ次弟は今に至るまで中日を応援し続けている。ただし彼も過激なので、中日の話題を出すタイミング等、もろもろを考えて発言しなければならない。下手したら一生口をきいてもらえない可能性があるからだ。

 

 私自身はもともと関西に生まれ育って、父や長弟が見ているからと幼い頃は応援するなら阪神かなぁというレベルの人間だったのだが、彼氏であるM氏に京セラドームに連れて行ってもらったことがきっかけでいつの間にかオリックスファンになっていた。まだファン歴としては四、五年だがオリックスファンと名乗らせて下さい。中嶋監督は救世主です。

 

 ちなみに母は昔はイチロー選手、今は大谷翔平選手とチームではなく個人をゆるーく応援している。よくオリックスが負けて暴れまくっていると「大谷くんを応援すればいいねん、楽しいで」とささやいてくる。でも一緒に京セラに現地観戦に行ってくれたり、昨年は御堂筋パレードに付き合ってくれたりと優しい母である。

 

 以上が八木家の野球事情である。

 

 阪神対中日の試合が中継される日には、長弟と次弟の間で冷戦がしょっちゅう起こり、交流戦のシーズンは次弟から一方的に「話しかけてくるな」とLINEが飛んできて悲しい思いをしている。みんなが同じチームを応援していればこんなめんどくさい思いを抱くことはなかったろうに…。

 

 だが推し球団が絡まない試合だと、みんな一丸となるのだ。

 一昨年、そして昨年の日本シリーズでは家族みんながオリックスを応援してくれた。

 普段は自分の前で大人しくしている娘がユニフォームを着、タオルを振り回し涙を流す姿を父はきっと初めて見ただろうが、それでも一緒に応援してくれたのは嬉しかった。オリックスの選手のこともほめてくれて、当時の私は鼻高々だったのである。

 母もほぼ全試合チェックしてくれていたのと、次弟は去年の第五戦、吉田正尚選手のホームランで一緒に抱き合って喜んでくれた。

 

 だが今年はそんなあたたかいエピソードが生まれることはない。というか一緒にテレビの前で放送を見ることもないだろう。何故なら私がこのシリーズ期間中実家に帰る気がさらさらないからだ。

 

 今年の阪神は他球団を追っている人間から見ても、とっても強いイメージがある。さくさくっとリーグ優勝を決めて、さくさくっとCSも突破した印象だ。CSファイナルでは先制されているのにすぐに追いついて逆転してって…。投打嚙み合いすぎじゃない?

 関西ローカルのニュース番組は連日お祭り騒ぎだ。リーグ優勝前後、CS前後、そして日本シリーズを直前に「阪神すごい!阪神つよい!阪神最高!」(すべてニュアンスです)と盛り上がっている。

 いや、分かってた。これが関西なんだ。悲しい気持ちになるからテレビも消せばいいのに、ついつい見てしまっては「オリックスわい!」と嘆いてしまう。

 

 何が怖いって、日本シリーズが始まったら京セラドームも甲子園も阪神ファンに埋められてしまうんだろうなぁ、地元メディアは阪神ファーストで盛り上げるんだるなぁと想像に難くないことだ。オリックスの選手には耳栓してプレーしてくれないかな、相手の応援シャットアウトしてくれないかなとつい願ってしまう。

 

 今私は実家から離れて暮らしているので(それでも電車ですぐに帰れる距離だが)、父をはじめとする家族の面々とは基本LINEでのやり取りだ。

 父はオリックスがリーグ優勝、CSを突破したタイミングでLINEをよこしてきた。

「八木ちゃんこんばんは^^オリックス3連覇おめでとう^^阪神との御堂筋シリーズ楽しみやね!」だとか、

「八木ちゃんこんばんは^^オリックス日本シリーズ進出決定!今年は関西で盛り上がりましょう^^」だとか。

 

 これを優しい父からのメッセージと素直に受け取れないのが、我がめんどくさい性格である。これでも普段は「いやいや、阪神さんもお強いじゃないですか!」と謙虚な返事をしているのだが、今回はそうもいかなくて、「阪神が勝つ気満々の父に少しでもダメージを食らわせるにはどのような返事をすれば良いか」と私はM氏に都度相談を持ち掛けるのであった。母からは「今からそんなピリピリしなくても」とごもっともなご意見も頂戴した。

 

 実家で日本シリーズを見れないのは父の存在だけでなく、父以上に阪神愛が過激な方向に走っている長弟の存在もある。きっと彼は阪神をあげにあげ、無意識のうちにオリックスを下げるのだろう。自ら心に傷を負いに行きたくはない。

 

 内乱が起こるかもしれない、もしかしたら家族仲が崩壊するかもしれないと言うが、もしかしたら私が一方的に引き起こそうとしているだけなのでは…?私、家族のこと大好きなんですけどね。多分あまりに関西のメディアが「阪神阪神!」と盛り上がるものだからその鬱憤を身近な阪神ファンにぶつけようとしている…?えっ、ごめん…。

 

 一昨年、去年と日本シリーズをテレビの前で見ながら、常に胃が締め付けられる感覚がして心身ともに満身創痍!みたいな状態だった。一昨年は悔しさに泣き、去年は嬉しくていっぱい泣いた。

 だが今年はきっとそれ以上にしんどい思いをするのではないか。とりあえず朝晩の関西ローカルの番組は極力見るのを避けようと思うのと、家族の存在は一回シャットアウトして心してみようと思う。がんばれ、オリックス…!頼むよ、オリックス…!

リハビリしよう、そうしよう

 絶賛本が読めないでいる。

 誇張ではなく本当に春先から今の今にかけて、まともに本が読めない時期が続いているのだ。

 何回か「本腰入れて読むぞ!」と自宅にある本を適当に取ってはみるものの、どれも完走出来たためしがない。途中で諦めてしまうのだ。何故か。

 多分、脳が文字を認識することを拒否しているんだと思う。ゆっくり丁寧に読んでいるはずなのに、前のページの内容がすっかり抜けているのだ。そんなもんだから、また戻って読んで、を繰り返す。んで、ギブアップ。

 何も難しい専門書を読んでいるわけでもないし、全く興味がない話を読んでいるわけでもない。読もうとしている本は、自分が興味のあるジャンルのものばかりだ。

 

drdrygc1930.hatenablog.com

 

 ちょうど一年前、「推しも読書してるから、私も読書する!」と投稿していた。その時はちゃんと通勤鞄に文庫本が必ず入っていて、朝晩の通勤時間やお昼休憩のタイミングなんかは毎日読んでいたんだ。休みの日だって、ふがふがと読み進めていたんだ。本当だ、信じてくれ。

 その当時、かなりゆっくりのペースではあるが読み進めていた『翔ぶが如く』(司馬遼太郎/文春文庫)は、現在八巻あたりで止まったままだ。あんなに西南戦争に熱を上げていたのに…。九州地方の土地勘がないから、ネットで地図を検索して、位置を確認しながら読むという力の入れようだったのに…。神風連の乱でのキーワード「宇気比」は、そのワードが出るたびに「宇気比だ!宇気比だ!!」とテンションがあがっていたのに…!

 『翔ぶが如く』にいたっては、読まなくなってから時間が経ちすぎて、内容がすっかり抜け落ちてしまっているので、また読めるようになったら一巻から読むことになるんだろう、ということと、そうなったらきっと川路(※1)がパリで脱○するところをまたおさらいするんだろうな、なんてことを考えてる。

(※1 川路…日本警察の父こと、川路利良のこと。『翔ぶが如くにおいて、大久保利通と並ぶ私の推し)

 

 いや、原因は鬱々としたメンタルからくるもんだって分かってる。この数ヶ月のワタクシ、びっくりするくらい廃人と化してるんですよ。わはは。

 そういう時こそ気分転換に読書すりゃいいのに、ページをめくる気力さえ起きなくて、だらだら横になりながらYouTubeを垂れ流している。(ただ二、三十分の動画でさえ途中で寝落ちてるんだから、本当に何をしてるんだって話なんだけども)

 

 これはいけない、リハビリする必要があると思って、久々に本を買った。

 「HHhH プラハ、1942年」(ローラン・ビネ著、高橋啓訳/創元文芸文庫)だ。

 第二次世界大戦下のドイツで、辣腕を振るいに振るいまくったナチス・ドイツの高官、ラインハルト・ハイドリヒの人生と、そのハイドリヒの暗殺計画『類人猿(エンスラポイド)作戦』について、その後のナチスによるチェコ人への報復を描いた作品である。

 カタカナ五文字以上の単語を覚えられない私だが、何故か強烈にナチス・ドイツという集団に興味を惹かれて早数年。(決して彼らの思想や彼らが行った残虐行為には全く賛同はできないが)気持ちが落ちると必ずといっていいほど、こちらの方面に好奇心の矢印を向けている。といっても、ナチスを扱った映画を見たり、ウィキペディアを読んだり(?)、ゆっくり実況を聞き流すという、浅瀬でちゃぷちゃぷしてはきゃっきゃするレベルだが。

 どうして興味を抱いているのかは、未だに自分の中でもしっくりとした理由を確立できていない。多分最初は軍服がかっこいいとかそんなもんだったはずだ。あと、多感な時期にルーデル閣下(※2)のチートっぷりを知ったからとか。

(※2ルーデル閣下…ドイツ空軍の軍人、ハンス=ウルリッヒ・ルーデルのこと)

 購入した『HHhH』は口コミを読む限り、ある程度の時代背景や、ナチスや関連人物に関しての知識があることを求められる、らしい。浅瀬できゃっきゃレベルでも大丈夫ですかね…。

 知識ほぼゼロな状況で挑むことに対して戦々恐々としているが、俄然興味はあるので、なんとか読書をするきっかけとなってくれることを願う。