2022年11月3日、夕方、日が傾きつつある中で私と母は御堂筋にいた。オリックスの優勝パレードを見るためだ。
シーズン最終盤、クライマックスシリーズ、そして日本シリーズと私のメンタルと胃をこれでもかと痛めつけたオリックス・バファローズは奇跡の逆転劇を見せ、日本一のチームになった。
そんなオリックスの優勝パレード!見に行くしかないじゃない!と母を誘い、私は人生ではじめてパレードというものを体験しにいったのだ。
当日の朝、カーテンから差し込むあたたかな陽気に、私の心は躍った。お天気にも恵まれて、なんて素晴らしいパレード日和なのかとわくわくしつつ、Twitterをひらくと、既にパレード会場となる本町周辺にはオリックスファンがいるらしい。
この時点では「17時からのパレードで、早すぎない?」と思っていたのだ。だがこの甘すぎる考えがのちに悲劇を生むことを朝9時時点の私はまだ知らない。
15時頃に私の住んでいる家の最寄り駅集合と、母と約束し、るんるんな気持ちで家中の掃除に取り掛かった午前中。浴室の排水溝掃除だってなんのその。どのタオルを持っていこうかしらとか、どの服で行こうかしらとかデート前の恋する乙女の気分である。
化粧もいつもより時間をかけて丁寧に仕上げた。ビューラーで何度もまつ毛をあげて、マスカラであげた両目は当社比いつもよりぱっちりおめめ(当社比です)。誰に見せるわけでもないし、自己満足だけど、…いいの!推したちに会いに行くんだもの!少しでも綺麗になりたいじゃない…!沿道から聡(中嶋監督)にファンサをもらえたら嬉しいな、とか、でも待って聡はファンサをする人じゃないわ!(でもそういうところが好き)だとか、まだ現地にもいないのにテンションは爆上がりだ。
結局いつもと変わり映えのしない化粧とはなったが、悩んだ末に選んだタオル数枚をユニフォームとともに鞄に詰め込み、うきうきしたまま家を出た。
母と落ち合って梅田方面に向かう道中も、私は恋する女の子のままである。日本シリーズがいかにしんどかったかを話し、中嶋オリックスがいかに素晴らしいチームかを熱弁した。
ちなみに母はオリックスファンではない。以前はイチロー、今は大谷翔平をひいき目に見てはいるが、特定の球団のファンではないのだ。だが娘の応援しているチームだからと、日本シリーズは全試合テレビの前で見てくれていたし、この日も私からの急な誘いに快諾してくれた心優しい母である。
本町に到着したのは16時手前だった。母娘そろって普段本町を利用することがない為、どっちに向かえばいいのかふらふらと地下道を歩く。
途中オリックスの選手のユニフォームを着た人を見かけて、「私も!」と持参したユニフォームを着て気持ちをより一層高める。「いいやん」という母の言葉にご満悦だ。
だが、そのご満悦な気持ちも地上に出た瞬間に折れた。本町の地下から地上に出ると、人、人、人。見渡す限り人だったからだ。
ここでようやく完全に出遅れていることに気づく。「ここから先は規制していて~」と拡声器越しに警備員の声が届いて、「じゃあどこへ行けばいいのか」と嘆く娘。母は冷静で「一本外れてそこから見れる位置を探そう」と提案してくれた。
どこか良い場所はないかと、ひとまず心斎橋方面へと歩く。私たちと同じように選手を一目見たいファンたちが列をなして歩くから、迷うことはなかった。
しかしあまりにも人が多い。メインストリートにつながる道は規制されていて、そこに人が溜まるから前に進むことも難しい。母とはぐれないようにぴったりくっついて何とか前進する。
結局私たちは難波神社横の筋で待機することにした。周りにはちらほらとオリックスファンと思わしき人たちもいるおかげで心強かった。
「オリックスだけやったらこんな人集まらんやろ」という声が真後ろから聞こえたのは、母と私に声をかけてくれたお姉さんと「人すごいですねえ」「どうやったら沿道にまで行けるんでしょうかねぇ」と話していた時だ。
後ろは振り返らなかったが、どうやら若い男女3人組のようだと声で判断した。「ダウンタウンとかおるから集まってるんやで」「阪神やったらもっと多かったやろうな」
お、お、お前ーーー!!!!!!目の前に!いかにもオリックスファンです♡って格好をしている私がいるやろ!この背番号「78」が見えへんのか!名将中嶋監督のユニフォームやぞ!っていうか、私がいなかったとしてもユニフォーム着てきている人たち周りにいっぱいおるやん!なんでそんな高らかに言えるかなぁ!!ってかそもそも興味ないのになんでここおんねん!と心の中で憤慨する。決して声には出せないが、左右を見ると母もお姉さんも苦笑しているので気持ちは一緒だったのだろう。つられて私も「へへへ」と笑った。
そんな気まずい空気にも耐えつつ待機を続けていたが、しかし一向に規制は解除されず、時間だけが過ぎていく。沿道から出てくる人はちらほらいるようだが、何もアナウンスはされないし、それどころか「ここからは入れません!」という警備員の声が届く。途端にざわつく難波神社周辺の民。
「ここから入れないってどういうこと」
「じゃあどこからなら入れるの」
「ちゃんとしてくれよ」と小声ながらも不満の声が上がる。ふ、不穏な空気…!しかしどうやら警備員さんにもちゃんと連絡が届いていないらしい。そんな馬鹿な。
「移動しようかな…」
とお姉さん。だが本当に身動きが取れないのだ。朝の満員電車なみに人に囲まれていて、かろうじて後ろを振り返るのが出来るくらい。
「やめておくべきかと…」
「ですよねぇ…」
なんて会話をしつつも、時間の経過に焦る。
17時前後、ようやく前に進むことができると知った。だがこんなにも人であふれているのに、一人ずつ検温と手指の消毒、さらには検温済のスタンプを押す必要があるらしい。列形成なんてされてないものだから途端に我さきにとごった返して、私は母とはぐれた。さっきまで隣にいたのに…!半泣きになりながらも前に進むと、先に検温を終えて人混みから抜け出した母が不安そうに私を探している姿を見つけた。なんとか私も検温を終え、母に駆け寄る。「お母さん!」「娘!」と感動の再会をする母娘。落ち合えてよかった。「お姉さんはもう向こうにいったよ」先ほどまで不安を共有していたお姉さんのタフさに感動しながら、沿道に向か…
向かえなかった。すでに人で沿道は満員御礼。我々は規制線を越えて数十メートルの位置で強制的に止まらざるを得なかった。かろうじて大通りが見えるかなといった感じである。
しばらくして点灯式がはじまった。一斉にライトアップされる木々には純粋に感動した。
だいぶ日が経っているので、うろ覚えの記憶だが、スピーカー越しに楽しそうなMC、府知事、市長の声が聞こえる。姿が見えないので、ラジオを聴いているような感覚である。へぇ…BsGirlsちゃんたちも来てるんだぁ…宮内オーナーも来てるんだね…、聡のシンプルな挨拶、好きだよ…平野さん、笑いを取りにきてるね…と姿が見えない人たちに想いを寄せる。
いざパレードが開始されると、周囲の人たちが一斉にカメラやスマホを精いっぱい伸ばすため、視界がより一層悪くなった。私も負けじとスマホを持つ腕を伸ばした。
だが、私にとってのメインイベントであるオリックスさんの優勝パレードはなんだかよく分からないまま終わった。背伸びをして首も腕もこれでもかと伸ばし切って、日ごろの運動不足がたたっている我が肉体が悲鳴をあげるのも無視して、なんとかこの目で選手たちを見届けようとしていたが、選手たちを乗せた大型バスはどんどん心斎橋方面へと進んでいった。カメラ機能があまりよろしくない我がスマホで撮影した写真にはバスの上で手を振る白く発光した人たちが写っていたが、誰が誰だかまったく分からなかった。ムービーにいたっては前のおじさんの手がずっと映り込んでいた。無情。
すべてのバスが通り過ぎて、なんとも言えない気持ちのまま母と帰ることを決めた。
「あったかいもの食べたいね」という母のありがたい提案のもと、我々が寄ったのはセブン〇レブン。そこで食べたホットドッグの美味しいこと!涙が出るくらい美味しかった。本当だ。決してパレードが一瞬にして終わったこととか、選手をまともに見ることが出来なかったことに対する悲しみからくる涙じゃないやい。
パレードが終わったあと、インスタでは選手たちのあげる楽しそうな動画や写真を、またTwitterでは沿道で選手を間近に見れたファンの方たちの楽しそうな呟きを数多く見た。へぇ、メインストリートはこんなだったんだぁ…へぇ…と悲しくなってしまった。行ったこと自体に後悔はしていないが、果たしてあの日の私は御堂筋パレードに行きました!と笑顔で言えるだろうか。あの空間に「いた」としか言えない。
今回の悲劇から学んだ教訓が「早く行動に移すことの大切さ」だ。
勝手が分からず、母との集合時間を昼過ぎにしたが、結果として選手からのファンサをもらうことはおろか、間近で選手を見ることすら叶わなかった。ちなみにあんなにうきうきしながら鞄につっこんだタオルは一度も取り出されることはなかった。「全員で勝つ」タオル、持って行ったんだけどなぁ…。
次回パレードが行われるときには朝から御堂筋で待機するんだ!という私の意気込みへの「八木さん、来年もオリックスが優勝する気でいるの?」という彼氏M氏からのつっこみには、うるせぇ!と一蹴した。中嶋オリックスを信じろよ!いや今シーズンも日本シリーズも最後の最後まで信じきれなかったけどさ!未だに応援している球団が日本一に輝いたことを実感できていなくて申し訳ない。
そんな私は明日、京セラドームで行われるオリックスのファンフェスタに行く。M氏がチケットを取ってくれたのだ。実はファンフェスタに参加するのもはじめてである。つまり勝手が分からない。
だが、あの日あの時御堂筋にいた私は早めに行動を移すことの大切さを身をもって知っているので、とりあえず明日は早めに京セラに向かうつもりである。「座席は確保できているんだよ」というM氏の声には聞こえないふりをする。
オリックスさんへ。2年連続のリーグ優勝、日本一と感動をありがとう。でも私は次こそ「行きました!」と言えるようなパレードの思い出を作りたいので、どうか来年も優勝を目指してください。お願いします。とオフシーズンに入った今、すでにオリックスさんに対して邪な期待を抱きつつ、明日のファンフェスタが今からとても楽しみだ。